次に再就職した会社もまた失敗だった

一方的な社長

前回の記事「私が会社を辞めるまでのいきさつ」の続きです。

新卒で入社した会社にほとほと疲れ、失業保険を受けながらしばらく無職生活を送っていましたがそんな生活がいつまでも続くはずもなく、数ヶ月後とある会社に再就職しました。

そこは家族経営の小さな会社で、以前勤務していたホームセンターとも関わりがあって社長にも気に入られ、すぐに採用が決まりました。

明るく元気がモットーの会社で若い社員も多く、以前のような販売ノルマもないのでその点はすごく楽でした。

しかし、法令を守らないという部分はこの会社も同じでした。

この会社は社員であっても役員以外は全員時給制で、給与計算も曖昧でした。そして残業代も通常なら2割5分増しのところ、50円だけ付けるというやり方でした。

基本的に完全週休2日制ではないので、指定休日の出勤も賃金割増しにしないといけないのにしていませんでした。

以前の会社に比べたら自分的には楽でしたし、どこの会社も経費節約はしていると思うので、多少の不便は仕方ないにしても給与のごまかしだけはやっぱり困ります。

その会社は入社前の雇用契約書というものがなく、時給の口約束だけでどういった条件で雇用されているかがはっきりしません。

当然、有給休暇という概念もなく、有休を使うということ自体ありませんでした。

そして後から入ってきた人がそういった曖昧な点を労働局に相談に行ったらしく、会社に調査が入った模様で社長ともどもかなり不機嫌な様子でした。

そして会社規約(就業規則)ができ、有給休暇をはじめ、残業代も休日出勤手当も法定通り支払われるようになりました。

しかしこれまでの未払い分が支払われることはなく、しかもその代わりに皆それぞれの時給が勝手に下げられてしまいました。

おそらく今まで通りの経費に抑えるためであり、これまでの時給で法定通り支払う余裕がないということでしょう。

結局、改めて雇用契約書が作られることもなく、給与明細を渡されるときに「時給は下がっているから確認しておいて」と冷たく社長から一方的に言われただけでした。

元々仕事がキツイので人の入れ替わりは多い会社でしたが、この一件でさらに退職者が出始めました。

性格や態度も良く、会社や取引先からもいつも高評価だった人や、長年まじめに会社に貢献してきた人たちも次々に去っていきました。

こうなると周りにも悪影響を与えてしまい、職場は不満や愚痴が飛びかうようになって、私も「この会社に再就職したのは失敗だったのか…」と毎日悩むようになりました。

さすがに今度はすぐに辞めるわけにはいかないので、しばらくは我慢しながら頑張りましたが状況は悪化するばかりでした。

そんなある日、なんと私が住んでいる地域が水害に遭うという悲劇が起こりました。

その日は休日だったので起床時刻もいつもより遅く、休日とはいっても外が静かすぎるなあと思ってカーテンを開けてみたら、辺り一面が浅いプールのようになっていました。

当時は田舎住まいで車を所持していたのですが、慌てて車を見に行くと、すでに車内まで水が浸入していてアウトの状態でした。

こうなってはもう仕方ないので、いったん冷静になって車内にある大事なものを部屋に運び、しばらく様子を見ることにしました。

結局その数時間後、河川の堤防が決壊して濁流が一気に流れ込み、車は屋根まで浸かって私も部屋から非難する羽目になりました。

幸い上階だった私の部屋は大丈夫でしたが、そのこともきっかけとなり、会社を辞める方向に進んで行きました。

しかし、私の迷走はまだ続きます・・

→ 「引っ越しして心機一転と思いきや…」