引っ越しして心機一転と思いきや…

パソコンスクールでWEBを学ぶ

「次に再就職した会社もまた失敗だった」からの続きです。

この会社に再就職したのは失敗だったのかと悩んでいたある日、思わぬ水害に遭いました。

田舎で生活の足にしていた車が水没し、しばらくは自転車生活が続きました。

しかし、田舎は車社会なので車がないとどうしても都合が悪く、仕方なく安い中古車を探してまたいつもの生活に戻っていきました。

それでも相変わらず、会社を辞めるかどうか悩んでいました。そんなとき、都会で暮らす姉が実家に帰省していて話をする機会があったのですが、「まだ若いんだから、いまのうちに何かスキルを身に付けるべきなんじゃないの?」と叱咤激励されました。

そうです。私は結局、これといったスキルがないので、会社を辞める勇気が湧かなかったのです。姉は社労士やファイナンシャルプランナー、兄は建築士、義兄は公認会計士、いとこたちは教師、保育士…と皆、立派な資格を持っているのに、私は何もありませんでした。

ここでいかに私が無資格で無計画に生きてきたかということを思い知らされ、すでに20代後半ではありましたが、もう一度スクールで学ぶことを決意しました。

水害に遭ってから半年後のことでしたが、ようやく会社を辞めることを社長に伝え、意外にも社長からも激励の言葉をかけてもらって円満退社が決まりました。

そして教育訓練給付制度というものがあることを知り、元々私はクリエイティブな仕事に興味を持っていたことを思いだし、制度を利用してそれが学べるスクールを探しましたが、地元の田舎ではそういった教育施設がありませんでした。

そこでいま決断しなかったら一生後悔するだろうと思ったので、姉のアドバイスもあって心機一転、再び都会に引っ越すことにしました。

スクールの見学、1日体験などをいくつか行った結果自分に合いそうなスクールが見つかり、姉の住んでいるところとはまったく別の場所ではありましたが、さっそく引っ越し準備に取り掛かりました。

そして引っ越しも無事に終わり、いよいよスクールでの勉強がスタートしました。カウンセラーとの面談で、これからはネット社会になるからということでWEBのスキルを身に付けることにしました。

と、ここまではよかったのですが、また私は迷走してしまいます。

WEBをある程度学んでから、これまでの販売経験とWEB知識を活かせるネット販売の会社で働くことを決意しました。

IT系の求人サイトで見つけた小さな会社だったのですが、その会社はまたまたブラック企業でした。

まず、前任者がすでに退職していて引き継ぎが受けられず、この仕事が初めての私はいきなり苦労することになります。

一応、現場を仕切っているチーフらしき人がざっと説明はしてくれるのですが、基本的に後は放置です。

また、販売業では重要な在庫管理も適当で、在庫がない商品やメーカー廃番商品を販売していてお客様から問い合わせやクレームが相次いだり、迷惑メールレベルな大量のメルマガを毎日のように発行したりと、正直このやり方が嫌で仕方ありませんでした。

極めつけは、現場のチーフ的存在の女性がヒステリックで1日中周りに罵声を浴びせるという最悪な環境で、私も知らず知らずのうちに精神的ストレスがたまっていました。

そしてほぼ1日中パソコンの画面を見ているせいか、帰宅後に自宅のパソコンを立ち上げてチェックしようとしても目や頭がクラっとして、とてもやる気になれません。

また、ストレスからかなかなか寝付けず、ようやく眠りにつく頃には今度は過呼吸を発症するようになり、辛い日々が続きました。

そんなある日、いつもの罵声の中仕事をしていると、私にもついに罵声の嵐が降りかかるようになりました。

入ったばかりのときはさすがに直接浴びせられることはなく、ただただ我慢をするだけでしたが、このときついに私の堪忍袋の緒が切れました。

その場でキレるという行為はさすがに慎みましたが、その日皆が帰った後に社長にもう限界であることを伝え、本日限りで辞めると言ってしまいました。

社長は普段は別室にいるので現場の様子はあまり知らない感じを装っていましたが、薄々そのことには気付いているようで、なぜ人がすぐに辞めるかということもわかっているみたいでした。

私が入社する前にもすでに何人も入ってはすぐに辞めていたそうで、私がいるしばらくの間にも2名ほど入ってきましたが、皆1週間から1ヶ月で辞めていきました。

急に本日限りで辞めると伝えるのはどうかとも思いましたが、それほど私は精神的にも限界が来ていたということです。

社長はびっくりしていましたが私の様子から事情を察知したのか受け入れてくれ、連絡事項を紙にまとめたり後処理をして、その会社へ行くことは二度とありませんでした。

→ 「中小企業から大企業に転職してみたものの…」